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「いのち」の原稿から
                                           投稿者  茨城県 野口 節子
  「いおり〜最後の言葉」    最愛の息子・伊織(いおり)の最後の言葉は、平成10年12月18日朝、「はい、お母      さん、行ってきまーす!」でした。それは、それまでもそしてそれからも毎朝繰り返される   はずの、登校前の彼の言葉だったのです。    伊織は、小学校一年生でした。あの日は金曜日、冬休み前の短縮授業で、下校がいつもよ   り2時間早かったため、私が仕事で留守の家には寄らずに、伊織は学校から直接、近くの祖   母宅に向かうことになっていました。    「伊織、お母さんお仕事だから、帰りはおばあちゃんちに行くんだよ!」との私の声に、   背中のランドセルを揺らしながら振り返ったあの笑顔とあの言葉が、私にくれた元気な最後   の声と、最後の可愛い可愛い微笑みでした。   「今ごろ、伊織はおばあちゃんの家についている頃だな」と、ふと仕事先で時計を見たのが、   当日の2時過ぎだったと記憶しています。    小学校入学後、初めて迎える冬休み、クリスマスやお正月や家族旅行等の計画も既に立っ   ていました。嬉しいことにサービス業の夫も部署を変わり、翌日の土曜から、カレンダー通   りに休日となる、子供達には万全の態勢に我が家は到達する寸前だったのです。    今となっては全てが夢となって消えてしまいました。恐ろしいことに、私が伊織を思って   いたあの時、一台の車があの子に近づき、一瞬にして‥‥、我が家の夢と希望と、私の全て   だった伊織を奪い去っていったのです。    眠ったままの伊織が息を引き取ったのは6日後の12月24日夜でした。意識は戻らなく   とも、心臓が動いているうちは‥‥、と藁をもすがる思いで、伊織の側についていた私達が、   再び地獄の底へと突き落とされたのがそのクリスマスイブでした。    全てが止まってしまったあの夜のこと、無言の伊織を連れ帰った時から今日まではどうや   って過ごしてきたのかあまり覚えていません。    やっとのことで眠り、またすぐ目が覚めて朝が来るたびに「また一日が始まってしまった   ‥‥」と、うつろに思い、夜、伊織にそっくりな弟達の寝顔を見ると、ここにいない伊織を   探し、日々成長していくクラスメート(特に男の子)の元気な姿を目の当たりにした時には、   辛くて苦しくて胸が潰れそうになります。    なぜ? なぜ伊織だけが1年生のままで、みんなはもうすぐ6年生になるのだろう。伊織   は何も悪いことをしていないのに! あの日、私が家にいたら? 通常通りの下校時間だっ   たら?伊織にカギを持たせて、家で留守番させていたら? 東京から引っ越しをせずにいた   ら? 私が悔いて悔いて思いつく、いずれの方法でも実行できていたら伊織は、あの車と出   遭わずに済んだのではないか?    今も、隣で微笑んで輝く時を生きていてくれたのではないか? そして何より、あの車が   ブレーキを踏んでいたら!    「伊織のためにも、前向きに生きていかないと、ね!」なんて他人を安心させ、自分にい   いきかせる言葉を選ぶことも、この四年間で覚えてしまいました。    歯を食いしばってぎりぎり生きている私ですが、我が子を亡くしたことのない幸せな人か   らは「がんばっている」様に見えるのでしょう。もうこれ以上がんばれません。    子を亡くしても生きていくということは、それだけで地獄そのものではないでしょうか。    実際は、悲しみも苦しみも淋しさも辛さも癒されることはありえず、日々増していくよう   に思います。たった一つ、確実なこと、必ず私も死ぬということが救いなのかもしれません。    伊織が遺していった最後の言葉に、私は「行ってらっしゃい! 気をつけてね」と、答え   ましたが、伊織が言うはずだった「お母さん、ただいま!」、その声を聞くことも、それに   答えて「伊織、お帰り!」と、私が言うことも叶いませんでした。    本人がいくら気をつけても、親や先生が繰り返し気をつけるよう教えても、車を運転する   人間が意識を高くもっていかねばどうにもならないのです。   伊織は、車に気をつけていました。私も学校でも子供達に「車には気をつけましょう」と、   教えていました。それ以前の問題として、車という凶器を運転する者が、注意すべきだと思   います。そうでなければ、車がある限り犠牲者が減ることはないでしょう。尊い命を、運転   者の一瞬の不注意で奪い去ることは到底許されません。    私は運転免許は持っていますが、車の運転はしません。今住んでいる所は、田舎で車がな   いと不便であり、子供達の友達の家ではほとんどが両親ともにそれぞれがマイカー持ちとい   う環境にあります。    そんな中で、かたくなに徒歩と自転車で行動し、次男、三男にもどこへでも一緒に歩かせ   る私は、周囲からは変わり者かもしれません。    しかし、息子・伊織を交通事故の被害者とさせてしまったこの世に生きていく母親として、   絶対に加害者にもなりたくない私ができる唯一の抵抗が、この足で歩いていくことだと思う   のです。    いつの日にか、私の命が終わるとき、幼いままの伊織に会えるとき、今度こそ「お母さん、   ただいま!」「伊織、お帰り!」と、夢に見る会話ができるのでしょう。    伊織、もう少し、待っててね! お母さん、必ずいくからね! あの子の遺した最後の言   葉は、いつまでも耳から離れることはないでしょう。永遠に幼子である伊織と共に‥‥。    それが私にできる唯一の抵抗だと思うから‥‥。

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